江戸時代まで日本には公園は無かったそうです。

明治に入り近代日本の建設が始まった時、欧米先進諸国の制度や施策が取り入れられ、近代日本の基礎が築かれました。明治6年1月15日、明治政府は公園設定についての通達を各府県に出しました。公園業界では有名な「太政官布達第十六号」です。「古来から名所旧跡といわれるところは公園として申し出よ」というものでした。関東大震災や空襲を経て、公園は避難地としての役割も注目され、世の中に担保されてきました。そして昭和31年の都市公園法制定により、都市部の公園は体系化され整備基準等が定められました。それ以来、公園は数、面積ともに増加し、今は日本中に10万もの公園があると言われています。

人口も税収も右肩上がりだった時代は、公園は行政が作り、管理し、住民はそれを使うだけという時代でした。なにか不都合なことを感じると行政にクレームをし、クレームに個々に対応しているうちに、「ボール遊び禁止」「おしゃべり禁止」「ペット禁止」などの禁止事項だらけの公園が増えてきてしまい、なんのための公園なのか?の初めの目的が薄れてしまいました。

平成29年、都市公園法の一部改正が行われました。中身は色々とあるのですが、詳細は国交省のホームページなどを見ていただくとして、市民自身がもっと自分自身の課題解決や楽しみのために考え、公園の使い方を考え積極的に利活用していこうという方向に、公園のありかたや管理の考え方が変わりました。

しかし、市民も行政もどうやったら市民が使い倒せる公園をつくって行けるのか?今までと全く違う考え方をしなければならず右往左往しているのが、今の状態です。

スマイルプラスは、そういった混乱した状態を整理し、例えば…公園づくりのワークショップをコーディネートして市民が求める公園の姿を明らかにし計画を市民と行政と共に作ったり、公園づくりそのものを市民が行っていく現場をサポートしたり、指定管理者が市民協働を行うためのサポートをしたりしています。

インターミディエイター®は人間社会の関係の網の目あいだに立ち、失われたリンクを修復、再生、再創造しますが、公園づくりの現場はまさにそれらが必要な場です。異なる領域を媒介してモノ・ヒトを繋ぎ、対話と協働を促して、みんなが夢に描く公園を実現に導く黒子の役割をします。

実績

公園づくりのワークショップコーディネート-1 (静岡県)

公園づくりのワークショップコーディネート-2 (埼玉県)

公園の指定管理者が市民協働を実現するためのサポート(東京都)

市民がつくる公園づくりのサポート-1 (静岡県)

市民がつくる公園づくりのサポート-2 (埼玉県)

 

 

 

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